娘出産のご報告:詳細続報

 「娘が産まれました」と報告して早くも一週間。
 沢山の祝福をありがとうございました。(祝え!と私から言ってますが(笑))

 ようやく状況と心身が落ち着いたので、出産日から今までのことをざっと書いていこうと思う。こうして残さないと記憶というものは細かく消えて行くもんだ。(こうして残すと、「よし別に保管したから他にメモリ使おう」と脳内からガッツリ消える感じもあるんですががが)

≫出産日当日


 出発前にこの有様である。(何)  帝王切開の為、「陣痛が!」「破水が!」みたいなアクシデントもなく、御大は黙々と敵を切り刻み、その上で徒歩とバスで病院へ向かうのでした。  これから手術し、更に一週間入院となるのだが、あまりにも日常と変わらない状況に緊張感を保てない。大量の荷物が入ったキャリーカートだけがガタガタ言っていた。

  病院につけば、いつもと違うエリアへ。
 タイル張りの4畳程度の病室へ通され、御大は点滴をぶっすり刺されていた。
 ここまで来ても、互いに「実感わかないのう」「せやね」という会話をしていた。いやホントに、実感沸かないのだ。

 そして手術は午後からとなり、3時間程度の暇な時間が流れる。

 あまりに暇で、この有様である。(何)   飯を食べにいったり、のんびりとウトウトしていたら13時になっていた。

 そろそろか!? そろそろか!? と自分だけがドキドキしてたらすぐさまあっさりと呼ばれる。  自分も手術に立ち会う…所になっているのだが、まずは御大だけということで、自分は外に追い出される。立ち会い時に着る、やたら青い割烹着みたいなのを握りながら、外の廊下で椅子に座っていた。この頃になってようやくドキドキし始めてきた。

 手術室へ医師が3名、看護師が5~6名と入っていく。いよいよだ。  それから数分で御大家のご両親到着。 状況報告以上の会話が出来る精神的余裕がなくなってきた。

 そわそわとしていたら、自分もついにお呼び出し。  青色割烹着を着こみ、手術室へ。

 既に手術自体は始まっており、テレビドラマでしか見たことないような光景がそこにあったが、その中に御大がいるというのは何とも強烈な光景だった。
 自分は御大の顔の横に置かれた椅子に座る。
 御大の胸の上にはパーティションが置かれ、生々しい手術状況が見れないようになっていた。
 御大自体は麻酔がしっかりと効いているのか、腹を切られているにも関わらず意識ははっきりしており、異常な事態で「麻酔が激痛で」といった平和な会話をしていた。

 自分からは手術状況が見れなくもないのだが、とても見れなかった。
 「男は血の光景に弱い」というのは世界共通らしいし、自分も実際、テレビでの手術シーンは目を背けるタイプだ。だがそれ以上に、自分の嫁が腹を切られている光景というのはとても直視出来なかった。
 捻りのない例えをするならば、好きなキャラが腹を掻っ捌かれてる絵なぞをみたら、相当な嫌悪感を抱くと思うが、そんな具合である。
 状況見れないのかよと御大に軽く笑われるも、とても見れるものではないのだ。手を握るも手汗が酷く、御大に笑われるが、それでいいのだ。いつも通りにヘタレな夫を前に、少しでも精神的余裕が出してくれるならば自分が立ち会う意味はあっただろう。

 やたら長い10分後。水が落ちる音がしたと思ったら、強烈な赤子の泣き声。
 「おぎゃー」なんて可愛いものじゃない。もっと動物的な泣き声だった。自分はカラスの鳴き声を連想したくらいだ。

 自分の背後で赤子は身体を拭かれていた。思わず振り向いた際の、御大の腹の上に突き立つ手術用の鉗子と血に濡れたタオルは、恐らく数十年スパンで忘れることはないだろうと思えた。

 しばらくして、看護師さんが赤子を連れてきてくれる。
 可愛いか可愛くないかでいえば、かなり可愛くない。というか謎のエイリアン的な雰囲気が強い。まぁ、これはどのご家庭でも同じ感じなのだろうけど。

 それでも、御大はじんわりと泣いていた。自分も良く分からないけど涙腺が緩んでいた。
 そう、良く分からないのだ。
 この出産までに至る今までの苦労だとか、頑張った御大のこととか、理由こそ付けられるものの、そういう実感や感慨を飛び越えて、先行して、涙ぐんでいた。
 人間という生物の根元的な幸福とか、そういうものがあったのかもしれない。もしかしたら、そんな理由なのかもしれない。

 ああ、無事産まれたなぁという安堵と、目の前で腹を切られてる嫁と。感性の受け止めきれるキャパシティを軽くオーバーした状況で、摘出手術は終わる。この後は縫合だが、自分は外に出されてしまった。

 外に出た後は御大家のご両親と話したり、自分の両親が到着してあれこれしていたが、何かと天井を見ていたのを覚えている。天井の業務用エアコンの吹き出し口をぼんやりと眺めて、「ああ、産まれたなぁ」と分かり切ったことを延々と反芻し続けていたような気がする。

 この合間にサイトとツイッター上での報告を行う。自分以上にソワソワしていた人たちも多いみたいで何だか楽しい。祝いの報告を大量に頂いた。

  しばらくして、看護師さんに赤子が連れられてやってきた。

 初めて娘を抱く。重い。

 その後は両家親御さんによる写真撮影会である。この老夫婦共、実にデレデレである。

 しばらくして娘は看護師さんに預け、御大の縫合手術が終了した。
 先程の病室で点滴に酸素マスクという状態の御大。脈拍も取られており、正に病人そのものだったが、麻酔が効いているせいか余裕が見られた。

 何を話したかはもう覚えていないのだが、とにかく記憶しているのは。
 看護師さんに連れられ、娘が病室にやってきた。御大のベットに置かれ、御大としては初めての娘との接触。ぽつりと、一言だけ。

 「赤ちゃんって、あったかいなぁ……」

 他愛もない言葉だけど、この言葉に行きつくまでには沢山の時間と、苦労と、懊悩があった。決して安穏とした道ではなかった。それを乗り越えた先にこの他愛もない言葉があった。
 思わず自分は涙ぐんでいたのだが、親もその場にいたので、それを隠すのに必死だった。それほどに、この言葉が自分にとって暖かく強烈だったのだ。

 御大が少し寝るということで、自分は家に帰る。
 帰り道は延々と空を見ながら意識朦朧とした状態でフラフラと歩いていた気がする。弁当屋でかつ丼を買って帰り、家で黙々と食べながら、この夜に何をしたらいいんだとか考えていた。

 その後、御大が起きたので再度病院へ。20時までは面会可能ということだが、無理せず早めに撤収。

 家に帰ると、あまりに今までどおりの部屋で、先程までの出産・娘の重みの現実感が消失する。この感覚と事実の差異がなかなかに強烈だった。
 結局その後、このような日記を書ける平静さが無いため、気になっていたシビライゼーション5を購入し、夜中までプレイしていた。その日は午前3時まで寝つけなかった。

 そんな、出産日の話でした。
 なかなかに濃い一日だったことは間違いない。うん。

≫ そのあと

 いっぱい書いたからもう後は適当に書くね。(何)

 その後は毎日、朝起きて病院へ行き、御大を撫でたり娘を撫でたり哺乳瓶にミルクを作ったり、病室にPC持って行ってシビライゼーションをやったりする日を繰り返しました。
 看護師(助産師)さんがそれぞれ個性的だったが、風呂の入れ方などの赤子の対応について色々とレクチャーを受ける。

 そして今週火曜日に退院。晴れて娘が我が家にやってきた。
 仕事から帰れば布団で寝る赤子がいる生活。何とも不思議なもので、未だに慣れてはいない。
 こうして日記を書いている裏でも、すぴょーと寝息を立てている。

 とまぁ、こんな具合で、自分にも娘が出来ました。
 十数年後か二十年後かわかりませんが、いつかは彼氏を作ってしまうのかもしれません。その時まで押入れにしまった居合刀は大切に保管していこうと思う次第です。(何)

 

 …ふぅ、長々と書いた。明日以降は普通の日記を書くよ!
 シビライゼーション5で廃人化している吉村さんの低俗な姿を赤裸々に書くよ!!!(何

BGM:萌 (天野月子)